ほおずきみたいに紅い残高
2008年12月20日 日常派遣社員は貯金しないんじゃない。出来ないんだ。前どこかで、「今の日本は人口多すぎ。7000万人位まで減るだろう」って評を見たことがあるんだけど、つまり30%以上の日本人は生きられないってことで、それって非正規社員の割合に近いものがあったりして。
これはもう駄目かも分からんね。
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礼服買ったよ。この間の葬式はスーツで出ざるを得ずに恥をかいたので一念発起して。定価8万弱の高級品なので誰か早く結婚式に呼んで下さい。葬式は、しばらく結構。
ていうか合わせてスーツも新調しました。青山の店員さんに「ダボダボですね(笑)」とか言われたので。礼服とスーツ一式で精勤手当が半分近く消し飛んだよ。腕時計と財布新しくしたら車検が通せなくなりそうだから我慢しないと。
ばんばん物捨てる俺にしては珍しく財布は長く使ってます。別にいいものじゃなくて、大学1年になる前の3月28日に京王堀之内駅前のスーパー三和2階で1980円だったのをよく覚えてます。前日に初めて上京してきて、大混乱のうちに初日が終わって、次の日に駅前で何となく手にしたもの。
っていうか白状もへったくれもないんだけど、引越し初日の事は今でも鮮明に記憶してるんですよね。当日は曇り空。14時ごろアパートに着いて、感慨に浸る間もなく引越し荷物がドサドサと運び込まれてきて、ダンボール開けたりベッド組み立てたりしてるうちに暗くなってきて、さて部屋に灯りがない事に気がついて。
慌てて蛍光灯を買いに行くんだけど、知らない街だからどこに何があるやら。駅からアパートまでは大家さんの車で来た故に道も分からず街往く人に聞く始末。しかも、近くに住んだことある人は分かると思うけどあの周辺て通行人自体あんまり居ないんだよね。灯りを買って帰る頃にはすっかり辺りは暗くなってて。静かで暗いアパートに戻っても、勿論誰も応えない。6畳のワンルームには乱雑に散らかったゴミや開封途中のダンボールや組み立てかけのベッドが街灯の光にぼんやりと浮かぶだけ。
もう泣きたくなって、というか実際に泣きながら実家に電話したんですよ。父さんが励ましてくれて、多摩センター駅そばの京王プラザホテルにシングルを予約してくれて。いいから翌朝の日が昇るのを待てって。あとで聞いたら父さんも似たような経験をしたそうですよ。高校を出て、親の反対を無視して東京でアルバイトしながら下宿。心細くて毎晩泣いてたとか。結局父さんは病気になって新潟に戻ってきたんだけど、我が子には辛い思いをさせたくないっていう優しさが表れてますね。珍しいんじゃないの、俺が父親を褒めるの。駄目な所も大いにある人だけど、そりゃ自分の親だもの、ねえ。
翌朝は快晴。9:30頃にチェックアウトして、青空に浮かぶ雲が新潟で見るものと全く違う事に軽く感動したり。その後、アパートに帰った俺はまず蛍光灯を設置して、午前中にゴミ回収業者を呼んでベッドやらチェストやら洋服やらをダンボールごと捨てまくりましたとさ。初めての引越しで俺が学んだ大原則は、「灯りと寝る場所の確保が最優先」てことだった。どうでもいいけど引越し初日のトラウマで、いまだにベッドだと落ち着きません。なんだか一人ぼっちの象徴みたいになってるんだ、俺の中で。
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しかし今日は暖かかったね。もうすぐクリスマスだというのにいまだに根雪無し。これはもしかすると今年は暖冬で、雪下ろしとかしないで済むかm
おっと危ないそれはフラグだ。
これはもう駄目かも分からんね。
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礼服買ったよ。この間の葬式はスーツで出ざるを得ずに恥をかいたので一念発起して。定価8万弱の高級品なので誰か早く結婚式に呼んで下さい。葬式は、しばらく結構。
ていうか合わせてスーツも新調しました。青山の店員さんに「ダボダボですね(笑)」とか言われたので。礼服とスーツ一式で精勤手当が半分近く消し飛んだよ。腕時計と財布新しくしたら車検が通せなくなりそうだから我慢しないと。
ばんばん物捨てる俺にしては珍しく財布は長く使ってます。別にいいものじゃなくて、大学1年になる前の3月28日に京王堀之内駅前のスーパー三和2階で1980円だったのをよく覚えてます。前日に初めて上京してきて、大混乱のうちに初日が終わって、次の日に駅前で何となく手にしたもの。
っていうか白状もへったくれもないんだけど、引越し初日の事は今でも鮮明に記憶してるんですよね。当日は曇り空。14時ごろアパートに着いて、感慨に浸る間もなく引越し荷物がドサドサと運び込まれてきて、ダンボール開けたりベッド組み立てたりしてるうちに暗くなってきて、さて部屋に灯りがない事に気がついて。
慌てて蛍光灯を買いに行くんだけど、知らない街だからどこに何があるやら。駅からアパートまでは大家さんの車で来た故に道も分からず街往く人に聞く始末。しかも、近くに住んだことある人は分かると思うけどあの周辺て通行人自体あんまり居ないんだよね。灯りを買って帰る頃にはすっかり辺りは暗くなってて。静かで暗いアパートに戻っても、勿論誰も応えない。6畳のワンルームには乱雑に散らかったゴミや開封途中のダンボールや組み立てかけのベッドが街灯の光にぼんやりと浮かぶだけ。
もう泣きたくなって、というか実際に泣きながら実家に電話したんですよ。父さんが励ましてくれて、多摩センター駅そばの京王プラザホテルにシングルを予約してくれて。いいから翌朝の日が昇るのを待てって。あとで聞いたら父さんも似たような経験をしたそうですよ。高校を出て、親の反対を無視して東京でアルバイトしながら下宿。心細くて毎晩泣いてたとか。結局父さんは病気になって新潟に戻ってきたんだけど、我が子には辛い思いをさせたくないっていう優しさが表れてますね。珍しいんじゃないの、俺が父親を褒めるの。駄目な所も大いにある人だけど、そりゃ自分の親だもの、ねえ。
翌朝は快晴。9:30頃にチェックアウトして、青空に浮かぶ雲が新潟で見るものと全く違う事に軽く感動したり。その後、アパートに帰った俺はまず蛍光灯を設置して、午前中にゴミ回収業者を呼んでベッドやらチェストやら洋服やらをダンボールごと捨てまくりましたとさ。初めての引越しで俺が学んだ大原則は、「灯りと寝る場所の確保が最優先」てことだった。どうでもいいけど引越し初日のトラウマで、いまだにベッドだと落ち着きません。なんだか一人ぼっちの象徴みたいになってるんだ、俺の中で。
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しかし今日は暖かかったね。もうすぐクリスマスだというのにいまだに根雪無し。これはもしかすると今年は暖冬で、雪下ろしとかしないで済むかm
おっと危ないそれはフラグだ。
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