内田彩さんのBirthday Partyに出掛けて行って、面倒くさい奴になって帰ってきたという話。

前は声優のイベントとか鼻で笑ってたんですよね。もういい歳なのに似合いもしないピンクハウスな服を着てお歌を唄ってダンスして、金を払ってまでそんなお遊戯を見に行くとか正気か、と。

でもまあ、色々あってイベントとか行くようになって、昨日はうっちーの誕生日をお祝いしてきたわけなんですよ。壇上の目の前の席で、遮るものが何もなく表情までしっかり見えたのはテンション上がったし、プログラムもうっちーっぽくて良かったんですけどね、演目が終了した後なんです、主題は。
うっちーにプレゼントを渡して二言三言お話してハイタッチしてバイバイなんだけども、なんかもうこれだけで絶望的な気分になってしまって。

こんなイベントにのこのこ出かけていく連中なんてロクに勉強もしてない大学生か就職もしないフリーターか結婚もしない社会人が殆どですよ。ろくでなし濃度が高すぎて呼吸困難なレベル、社会への貢献度で考えれば平均値を大きく下回るような、お父さんお母さんせっかく育ててくれたのにごめんなさい的な集団なわけですよ、当然、俺なんてその典型なわけですよ。

そんな俺達のところまで降りてきて欲しくなかったというか、ハイタッチした手からヒトの手の感触が伝わってきて、うっちーは苺とマシュマロで出来た天使・あるいは妖精なのではないかという通説がグラついてしまったというか。

タレントにはTwitterで一般人とやり取りして欲しくない、という思いと根っこは一緒なんだろうけど、手の届かない場所にいて欲しい、あくまでも自分たちとは生きる世界も纏う空気も語る言葉も別次元で居て欲しいというか。

「週末会えるアイドル」の方向性とは真逆の嗜好なんだろうけどさ、信仰の対象を概念から具象化することを許さなかったイスラムの戦略って分かるなあとも思う。偶像にすれば目に触れるし、手元に置けば触れるし、そうなれば確実に愛着が湧くし、愛着が湧けば確実に蔑ろにされるし。

着地点が見えないからこの辺で強引に〆てしまおう。でもね、なんかもう声優のファンでいていいのかどうか分かんなくなっちゃうよ。こんなことで悩めるとか自分もまだまだ若い。

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チケット忘れたのに会場に入れてくれたスタッフに感謝。

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どうでもいいけどDiaryNote、テーマに「ネットアイドル」ってのが残ったままなのな。時代を感じる。

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